平泉の高館義経堂を地図、所要時間を掲載しています。

高館義経堂

基本情報
名称 高館義経堂(たかだちぎけいどう)
所在地〒029-4102
岩手県西磐井郡平泉町平泉字柳御所14
拝観時間夏季(4/5~11/4)8:30~16:30
冬期(11/5~4/4)8:30~16:00
拝観料200円(大人)
電話番号0191-46-3300
HPこちら
駐車場有り
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高館義経堂

高館義経堂は中尊寺の東方にある丘稜で判官館(はんかんやかた)あるいは衣川館(ころもがわやかた)とも呼ばれています。

高館義経堂
現在ではその半ばを北上川に浸食され狭くなっていますがその当時では絶好の要害地とされました。
義経はこの高館に居館に住み文治5年1189年泰衡の急襲にあい自刃しました。
現在、小堂に義経の木像が祀られていますがその眼下には北上川とそれに合流する衣川を東方には束稲山を望む事が出来ます。

「夏草や 兵どもが 夢の跡」
この句から芭蕉の思い、感情がこの地に立つと素直に共感できるのは私だけでは無い筈です。
眼下に見える広い背景は藤原三代の栄華の跡を想像させ、悲運な義経の最期とをダブらせ、 その思いは誰もが感じる人間の哀れさでしょうか?
また、この小さなお堂、芭蕉の眼にはどのように映ったのでしょう?
英雄とは時代が必要とされると現れ、役目を終えると静かに去ってゆくもの・・・・とか、
悲劇のヒーロー、悲運の英雄と呼ばれる義経には死して華々しく着飾れるよりは一人慎ましいお堂に祀られているのが、 一番似つかわしいのかも知れませんね。。。

ちなみに「兵どもが」の義経の股肱の臣と云うべき主な郎等ですが、 当時の一般の武士とは、かけ離れた出身者により構成された義経軍だからこそ、通常の合戦パターン とは違う義経らしい独自な戦法を生み出すことが出来たと云われています。
武蔵坊弁慶 (紀州熊野出身比叡山で修業した僧兵・山法師)
十郎権頭兼房 (義経の最期を見届ける曽良の歌に・・)
伊勢義盛 (宇治川・屋島・壇ノ浦で大活躍、山賊盗賊の出身)
佐藤継信・忠信兄弟 (頼朝が挙兵の折、秀衡が義経につけた従者)
堀弥太郎景光 (金商人出身)
鷲尾経春 (鵯越の道案内をした猟師)
常陸坊海尊[ひたちぼうかいそん]
伊勢三郎
亀井六郎
鈴木三郎
やはり義経には鎧兜が似合いますネ、
しかし山車の様な姿にはチョッピリ、ガッカリだね?

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